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学校の勉強が出来ることというのはその人の雑多な主張を聞く基準の一つだと思っている節があって、なぜかというととにかく勉強が出来るから自分の意見が通るという経験をし過ぎたのだと思われる。
まあ精々弱い相関はありそうくらいに思っておくのが良いのだろう。

一方で実際に他人の意見を聞いて考えることはとてもエネルギーが要るので、どうしても私はこれこれ主義者ですという顔をしてこれこれ主義的にはこの問題にはこう言っとけばよい、論理は先人が舗装してある、ということをしてしまいたくなるが、そういう思考放棄が知的な態度ですかというとそれは明らかである。

最近とにかくイデオロギー的な意見をよく見るので、辟易する。
僕の物理学帝国主義も程度の差はあれど突き詰めていけばイデオロギーであるが、少なくとも電子が約束事だと思っているバカにそういった相対化されるのでは納得がいかない。
一方で物理というのがこの世界を理解する最も優れた方法であるという信念はイデオロギーであることには変わりない、たとえば人間が理解しやすいように秩序パラメータを定義しているのだし、秩序を見いだすのは人間なのだ。たとえばこういう点で人間が主体であるという限界があるのではないか?しかし相転移はその程度では揺らがない頑強かつ広範な概念であるという直観もあるので……。

文章が発散したが、つらつらと変なことを書くのは、結局スライドを作りたくないからである。