月曜日に赤門を出て思ったこと

このままではボロボロになるだろう、と思う自分がただ惨めだった。

たまにこうして得体のしれない惨めさがすきま風のように心に吹き込んで、身体がカチコチになって、頭は煮えたぎって、ただひたすらに冷や汗が流れるのは、どういうわけなのだろう。

そういう時に限って、寮のロビーが妙に賑やかだったりして、食事を摂っていて一層惨めさが増したりするのは、してやられたという気持ちになったりする。

普段はどうでもいいことが、なぜか妙に突き刺さる瞬間の、あのヒヤっと来るような、胃が持ち上がるような、あの感覚。

 

寮の後輩に「悩みとかでも人に話したら楽になるんですよ!聞いてもらえた、というか」と言われて、ひねくれものの僕は冗談めかして「それじゃダメだ、もっとそういう、追い詰められた状況ってのを、楽しまなきゃ、追い込んで追い込んで追い込んで、だんだんそういう状況が楽しくなってくるはずなんだ」と返してみた。僕の理想である。

blogやtwitterで幾分か吐き出しているからまだそういう風に言える余裕があるのなら、惨めだし、哀れだなあ。

けれど、精神のことはきっと、精神自身でどうにかなるように出来ているはずなのだ、例えばホーキングのように。

 

書き出し:「『このままでは死んでしまう!』、自分で思って、ジュブナイル小説のピンチのシーンか、なんてちょっとほくそ笑んだ。小さく、口に出して言ってみた。思ったより悲痛だったので、急に笑えなくなった。でも、究極的にはみんな死んでしまうという当たり前の事実が、なぜか薄ら寒いように思えた。」